《阿毘達磨顕宗論》(読み)あびだつまけんしゅうろん

世界大百科事典(旧版)内の《阿毘達磨顕宗論》の言及

【衆賢】より

…しかし,世親は対決を避け中インドへと旅立ったため,衆賢らもまた彼を追って中インドへ向かったが,途中,秣底補羅(まつていふら)国(現在のマダーワル)あたりで病に倒れ没したという。彼の著作には,前記の《阿毘達磨順正理論》のほかにも《阿毘達磨顕宗論》40巻があり,ここでは,説一切有部の正統説を明らかにしている。しかし,これら2書には,新しい思想も加味されているため,《大毘婆沙論》などの思想と区別して,新薩婆多(しんさつばた)(新しい説一切有部)といわれる。…

※「《阿毘達磨顕宗論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む