陳彭年(読み)ちんほうねん

世界大百科事典(旧版)内の陳彭年の言及

【玉篇】より

…30巻542部に分かれ1万6917字を収めたと唐の封演《封氏聞見記》文字にいうが,原本は滅んで,わずかの部分が写本として日本にのみ伝えられる。現在普通に《玉篇》というのは,原本に何回かの手が入った後,宋の陳彭年らによりさらに増補された《大広益会玉篇》で,これは日本でもよく用いられた。《倭玉篇(わごくへん)》などが作られたのもその余波である。…

【広韻】より

…中国,宋の陳彭年(961‐1017)らが勅命により《切韻》を増補改訂した韻書。1008年(大中祥符1)に完成し,以後詩文押韻の基準として大きな役割を果たした。…

※「陳彭年」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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