陸奥陽之助(読み)むつようのすけ

世界大百科事典(旧版)内の陸奥陽之助の言及

【陸奥宗光】より

…宗広は和歌山藩大番頭格を務め,千広と号して《大勢三転考》を著す。宗光の幼名牛麿,江戸遊学ののち脱藩,陸奥陽之助と称し坂本竜馬のひきいる海援隊の一員として活躍。維新後政府に出仕,外国事務局御用掛から兵庫県知事,神奈川県知事をへて租税頭,大蔵少輔心得となるが,薩長の専制を憤って辞任,1875年元老院議官となる。…

※「陸奥陽之助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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