《陽羨風土記》(読み)ようせんふどき

世界大百科事典(旧版)内の《陽羨風土記》の言及

【荆楚歳時記】より

…六朝時代には長江(揚子江)以南の開発が進んだので,この地方の地理,風俗,物産に関心が集まった。したがって本書は,東晋の周処の《陽羨風土記》など,当時数多く作られた六朝地誌の一つとみることもできる。【勝村 哲也】。…

【地方志】より

…いずれも地方志の原型といえる。晋の江徴の《陳留風俗伝》,周処の《陽羨(ようせん)風土記》などが現存する。4世紀,北方の異民族に追われ,漢民族が新天地の江南にうつると,その地方を対象とした《某々郡志》《某々州記》といった地方史が増加する。…

※「《陽羨風土記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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