隴右道(読み)ろうゆうどう

世界大百科事典(旧版)内の隴右道の言及

【甘粛[省]】より


[歴史]
 この地方は古く秦代には,黄河と蘭州付近でこれに合流する洮河の線が漢族文化圏の北西境であったが,漢代,武帝が回廊地帯を支配下に収め,河西四郡といわれる武威,張掖など四つの郡を置いた。唐代にはこれは隴右道と称したが,しかし,この地域における漢,モンゴル,チベットなど諸族間の争いが絶えず,8世紀にはチベット族の吐蕃が回廊地帯を支配したり,11~13世紀にはタングート族の西夏が今日の甘粛省の大半をその勢力下に収めたりした。その後,西夏を滅ぼした元朝は,ここを陝西行省としたが,明代をへて清代の1666年(康熙5)その西部が甘粛省として分離し,蘭州を省都とした。…

※「隴右道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む