雉岡城(読み)きじがおかじょう

世界大百科事典(旧版)内の雉岡城の言及

【児玉[町]】より

…武蔵七党の一つ児玉党の本拠地で,その流れをくむ庄,蛭川,阿佐美,塩谷,真下らの中世武士が周辺に割拠していた。文明年間(1469‐87)ごろ関東管領上杉顕定が現在の児玉町の地に雉岡(きじがおか)城(八幡山城)を築いて家臣の夏目氏をおいたが,のち小田原北条氏の支配に属し,北条氏邦の家臣横地氏が在城した。1590年(天正18)徳川家康の関東入国に際し,松平家清が八幡山城主となったが,1601年(慶長6)廃城となり,以後は旗本戸田氏の給地として陣屋がおかれた。…

※「雉岡城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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