霊祐(読み)れいゆう

世界大百科事典(旧版)内の霊祐の言及

【潙仰宗】より

…中国,唐代末期,江南の南昌(江西省)を中心にひろがる禅宗の一派で,臨済,曹洞,雲門,法眼とあわせて五家とよばれる。湖南の潭州潙山にいた霊祐(771‐853)と,その弟子の恵寂(えじやく)(807‐883)が,のちに袁州の仰山にいたのにより,2人の道場の名をとってよぶもの。霊祐は,百丈をうけ,百丈は馬祖をうけるから,潙仰宗は馬祖にはじまる。…

※「霊祐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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