霊神碑(読み)れいじんひ

世界大百科事典(旧版)内の霊神碑の言及

【御嶽山】より

…明治期には下山応助の努力によって神道十三派の一つ御嶽教会が設立された。木曾御嶽山信仰の特色はそれを母体として新宗教が形成されたことをはじめ,山中に数万にものぼる霊神碑が立てられていること,〈御座〉をたて託宣をする習俗が顕著であることなどにある。このうち霊神碑は功績のあった行者を霊神としてまつるもので,霊魂が山に帰り大神に仕えるという考え方にもとづき山中に行者名を記した碑が多数立てられている。…

※「霊神碑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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