世界大百科事典(旧版)内の露仏海軍協定の言及
【三国協商】より
…英露協商の締結によってイギリス,フランス,ロシア3国は同一陣営に結集し,三国協商体制が成立したが,ドイツのほうは頼みとする三国同盟のオーストリア・ハンガリーが軍事的に弱く,その一員であったイタリアが協商国側に接近したため,実質的に協商国側の包囲政策の術中におちいった。三国協商は,1912年の露仏海軍協定,14年の英露協定の締結によって軍事同盟の性質を強め,スペイン,日本も接近したため強力な陣営となった。三国協商は,第1次世界大戦中に領土分割を画定した多くの秘密条約によって多数の中立国を自己の陣営にひきいれたが,17年にアメリカ合衆国が参戦すると戦争の主導権を喪失し,さらに同年のロシア革命の結果ソビエト政権が戦線から離脱したため,協商体制は崩壊した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」