青いバラ(読み)あおいばら

世界大百科事典(旧版)内の青いバラの言及

【ロシア・ソビエト美術】より

…移動展派のパトロン,S.I.マモントフは私設美術館にロシア農民美術を集め,私設オペラ劇場で画家たちに舞台装置をゆだね,他方シチューキンやモロゾフは印象派以後の西欧美術を収集して一般にも公開した。そのような状況の下で,ディアギレフ,ベヌアらの〈芸術世界〉(1898結成)は,メレシコフスキーやブロークの象徴主義の影響下に,ロシア中世のイコンに学びながら西欧のアール・ヌーボーに接近し,P.V.クズネツォフ,ミリューティ兄弟,M.S.サリヤンらの〈青いバラ〉(1907)は,フォービスムと接触して象徴主義をこえ,プリミティビズムにむかった。〈青いバラ〉に属したラリオーノフとその恋人ゴンチャロワは,1910年I.I.マシコフ,R.R.ファリク,P.P.コンチャロフスキーらと〈ダイヤのジャック〉を結成し,フランスのキュビスムやミュンヘンの〈ブラウエ・ライター〉,グルジアの素朴画家ピロスマナシビリ(ピロスマニ)らを展覧会に招待した。…

※「青いバラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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