青年彫塑会(読み)せいねんちょうそかい

世界大百科事典(旧版)内の青年彫塑会の言及

【明治・大正時代美術】より

…美術学校彫塑科の初代教授に長沼,まもなくそのあとを藤田文蔵が継ぎ,白井雨山(1864‐1928),渡辺長男(1876‐1952),武石弘三郎(1878‐1963),高村光太郎らが育つ。彼らは青年彫塑会(1897結成)に拠り,木彫家をもまじえて技術上の交流をはかった。白馬会には菊地鋳太郎,小倉惣次郎が加わり,太平洋画会にはヨーロッパ留学から帰った新海(しんかい)竹太郎(1868‐1927),北村四海(しかい)(1871‐1927)が加わって後進を指導した。…

※「青年彫塑会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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