高島秋帆疑獄事件(読み)たかしましゅうはんぎごくじけん

世界大百科事典(旧版)内の高島秋帆疑獄事件の言及

【鳥居耀蔵】より

…翌40年には蛮社の獄で洋学者を弾圧,高島秋帆の西洋砲術採用策を批判し,町奉行在職中は厳しい江戸市中の取締りを断行して,江戸町人から甲斐守忠耀をもじって妖怪(耀甲斐)と恐れられ,かつ反感の的となった。また高島秋帆疑獄事件を引き起こして捕らえるなど,一貫して洋学を敵視した。老中水野忠邦の支持をうけて天保改革期に活躍したが,上知令・印旛沼工事等で水野と対立し,さらに老中阿部正弘らとオランダ国書問題で対立したといわれ,44年に罷免となり,京極高朗に預けられて讃岐丸亀に流謫され,明治維新まで同地に在住した。…

※「高島秋帆疑獄事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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