高田藤四郎(読み)たかだとうしろう

世界大百科事典(旧版)内の高田藤四郎の言及

【富士講】より

…そして身禄の死を一つの契機として,急速に信者が増大したのである。文献初見は,〈江戸身禄同行〉の名称で,この同行は身禄の弟子高田藤四郎によって,1736年(元文1)に成立したと伝えられている。1795年(寛政7)の町触に,〈近年富士講と唱え〉といわれ,この段階では,富士講が若い世代の信者たちにも受け入れられていたことがわかる。…

※「高田藤四郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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