世界大百科事典(旧版)内の高縄城の言及
【高縄山】より
…古くはこの山を境に伊予国を二つに分け,東を道前,西を道後とよんだ。山頂付近に河野氏の高縄城跡がある。南北朝期に湯築城(現,松山市)に移るまでその本拠であり,そののちも周辺に支城を擁し,河野氏の重要拠点であった。…
※「高縄城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…古くはこの山を境に伊予国を二つに分け,東を道前,西を道後とよんだ。山頂付近に河野氏の高縄城跡がある。南北朝期に湯築城(現,松山市)に移るまでその本拠であり,そののちも周辺に支城を擁し,河野氏の重要拠点であった。…
※「高縄城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
3月から 5月頃に発生する雷。寒冷前線の通過時に発生する界雷で,この雷雨はよくひょう(雹)を伴う。春の到来を伝える雷ともいわれる。雷鳴に驚き冬眠していた地中の虫たちが目ざめるという理由で「虫出しの雷」...