…〈いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな〉(《詞花集》)は,興福寺の僧が奈良の八重桜を中宮に献じたとき,先輩の女房の紫式部から取入れ役を譲られて新参の伊勢大輔が詠んだ名歌である。高階成順(たかしなのなりのぶ)と結婚し,康資王母,筑前乳母,源兼俊母をもうける。歌人として和泉式部,藤原家経,同兼房らと交流し,《上東門院菊合》《弘徽殿女御十番歌合》等多くの晴(はれ)の歌合に出詠し,〈卯の花の咲ける盛りは白浪のたつ田の川の井堰(ゐぜき)とぞ見る〉(《後拾遺集》)のように感覚的で精緻で完成度の高い歌を詠み,歌人として高い評価をうける。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」