魔法妖精劇(読み)まほうようせいげき

世界大百科事典(旧版)内の魔法妖精劇の言及

【ライムント】より

…ウィーンに生まれ,早く父を失い,劇場の菓子売子から旅役者となり,1814年にウィーンの下町のレオポルト劇場の俳優となった。このころウィーンの民衆劇として音楽入りの魔法妖精劇が人気を呼んでいたが,そのような劇作家である師匠グライヒやマイスルの劇作を手伝うようになり,23年からは作者としても活躍し,ウィーンの市民の世界と妖精の世界の交錯する魔法(茶番)劇を完成の域に高めた。バロック劇の二元構造とシェークスピアやF.グリルパルツァーの文学性も備えた彼の傑作のうち《百万長者になった百姓》(1826),《アルプス王と人間嫌い》(1828),《浪費家》(1834)は現在でもよく上演される。…

※「魔法妖精劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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