魚梁瀬山(読み)やなせやま

世界大百科事典(旧版)内の魚梁瀬山の言及

【土佐国】より

…兼山は津呂港(現,室戸市),手結(てい)港(現,香美郡夜須町)などを開き,殖産興業にも尽力したが,反面過重な課役や民利の収奪を伴ったため,士民の反感が噴出して失脚した。対外的に重要な産物の筆頭は木材で,白髪(しらが)山(現,長岡郡本山町)のヒノキと魚梁瀬(やなせ)山(現,安芸郡馬路村)の杉は良材として天下に知られ,しばしば城郭建築の料木として幕府に献上され,財政難を救うため上方へ積み出された。乱伐を恐れて輪伐法を定め,留山(とめやま)・留木の制をしくなど保護にもつとめた。…

※「魚梁瀬山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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