世界大百科事典(旧版)内の麓人社の言及
【鳥海青児】より
…本名正夫。関西大学在学中の1923年,第2回春陽会展に初入選し,三岸好太郎,横堀角次郎らと麓人社を結成して絵画修業にはげむ。岸田劉生の感化をうけて草土社スタイルの土着的な作品を描くが,30年に渡欧し,おもにモロッコ,アルジェリアに滞在,その体験とゴヤの作品に魅了されて画風を一変する。…
※「麓人社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…本名正夫。関西大学在学中の1923年,第2回春陽会展に初入選し,三岸好太郎,横堀角次郎らと麓人社を結成して絵画修業にはげむ。岸田劉生の感化をうけて草土社スタイルの土着的な作品を描くが,30年に渡欧し,おもにモロッコ,アルジェリアに滞在,その体験とゴヤの作品に魅了されて画風を一変する。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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