黄道銅儀(読み)こうどうどうぎ

世界大百科事典(旧版)内の黄道銅儀の言及

【渾天儀】より

…前漢の太初改暦(前104)のときには落下閎(こう)が作った渾儀が使用されており,すでに漢代以前から存在したという主張もある。後漢の賈逵(かき)はこれに黄道環を加え,黄道銅儀とよんで二十八宿の黄道経度などを測定し,南北朝期の張子信(6世紀)は渾儀によって太陽,月,五惑星の視運動を観測した。唐代の李淳風が作った渾儀は3層よりなり,子午環・地平環・赤道環よりなる外層の六合儀,璣環・赤道環・黄道環・白道環よりなる中層の三辰儀,南北極軸上を回転する赤経双環および双環の中を南北に回る窺管(きかん)(望筒)よりなる内層の四遊儀によって構成されていた。…

※「黄道銅儀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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