改訂新版 世界大百科事典 「黎貴惇」の意味・わかりやすい解説
黎貴惇 (れいきじゅん)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…ベトナムのレ(黎)朝後期の学者,政治家。タイビン省の進士の家の生れ。1752年進士に及第後,レ・ズイ・マト(黎維樒)の乱などで混乱を極めたレ・ヒエントン(黎顕宗。在位1740‐86)時代の軍事・民政両面の能吏として活躍した。とくに60年清に使し文章応答で名をあげ,77年のフエ陥落に際して旧クアンナム(広南)朝の領土戸籍の調査を行うなど,地方政治の査察と改善に功があった。レ朝後期最大のエンサイクロペディストでもあり,《大越通史》30巻,《撫辺雑録》6巻,《北使通録》4巻,《見聞小録》45巻,《芸台類語》4巻など多数の著作は,いずれも前近代ベトナムの理解に重要な資料である。…
※「黎貴惇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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