Berenikē(その他表記)Berenike

世界大百科事典(旧版)内のBerenikēの言及

【アンティオコス[2世]】より

…マケドニアのアンティゴノス2世と結んでエジプトのプトレマイオス2世と戦い(第2次シリア戦争,前260‐前253),父王が失った小アジアの沿岸地方と南シリア(コイレ・シリア)の一部を回復した。前253年妃ラオディケを離別して,翌年プトレマイオス2世の娘ベレニケBerenikēと政略結婚し,しかもみずからの死にさきだち先妃の子セレウコス2世を後継者に指名したため,死後に王位継承をめぐる紛糾を生じ,ベレニケとその子を支援するプトレマイオス3世の侵入(第3次シリア戦争,前246‐前241)をまねくことになった。【大戸 千之】。…

※「Berenikē」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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