Dīral-Madīna(その他表記)DiralMadina

世界大百科事典(旧版)内のDīral-Madīnaの言及

【エジプト美術】より

…第18王朝後期から葬儀行列や神々礼拝の図が多くなって庶民労役図は少なくなった。第19王朝のディール・アルマディーナDīr al‐Madīna(テーベ墓地の片隅)の庶民の墓群には,民画化された伝統画技によって黄色の地に活気ある庶民風俗が描かれた。新王国には陶片や石灰石の断片にさまざまのものが線描された。…

※「Dīral-Madīna」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む