Nikitin,A.(その他表記)NikitinA

世界大百科事典(旧版)内のNikitin,A.の言及

【トベーリ公国】より

…文化水準は高く,建築,絵画のほか,年代記編纂の一中心地でもある。ロシア人で初めてインドに旅して旅行記《三海洋周遊記》を残したニキーチンAfanasii Nikitin(?‐1472)もトベーリ公国出身である。【田中 陽児】。…

【ビジャヤナガル王国】より

…16世紀後半にはナーヤカ,ポリガールと呼ばれるさまざまな土豪,領主,在地有力支配者が各地に輩出し,彼らの中から半独立のナーヤカ領国やマッラバン族による土豪領もつくり出された。 対外的には,13世紀以来,マルコ・ポーロイブン・バットゥータら数多くの外国人が南インドを訪れ,中でもペルシア人アブド・アッラッザーク・アルサマルカンディー,ロシア人ニキーティンAfanacii(Athanasius) Nikitin,ポルトガル人D.バルボサ,パエスDomingos Paes,ヌーネスFernão Nunesらは王国に関する詳細な見聞記録を残し,今日,王国史の貴重な史料となっている。明代の中国で西天阿難功徳国として知られ,また鄭和遠征隊が朝貢を求めた甘巴里国と呼ばれる国がビジャヤナガル王国ではないかとも考えられている。…

※「Nikitin,A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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