コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

Odaenathus Odaenathus

世界大百科事典内のOdaenathusの言及

【ゼノビア】より

…フルネームはユリア・アウレリア・ゼノビアJulia Aurelia Zenobia(後にセプティミア・ゼノビアSeptimia Zenobia),アラム語ではバト・ザッバイBath(Bat) Zabbai。当時ローマ帝国の自由都市であったパルミュラの首長オダエナトゥスOdaenathusの2番目の妻となる。オダエナトゥスはローマ東方を脅かしていたササン朝ペルシアを撃退し,ローマから東方の行政総監督官に任じられたが,ゼノビアは常に夫と共に行軍し,自ら軍の指揮もとった。…

【パルミュラ】より

…3世紀のササン朝ペルシアの脅威の増大とローマ中央政府の混乱の中で,パルミュラのローマからの自立と王国化が進んだ。3世紀半ば,パルミュラの首長オダエナトゥスOdaenathusは東方から侵入してきたササン朝ペルシアを撃退し,ローマ皇帝から東方領の行政総監督官corrector totius orientisの称号を与えられた。267年彼の死後,その妻ゼノビアは息子ウァバラトゥスVaballathusをパルミュラ王としてローマからの独立と領土拡大を図り,小アジアからエジプトに至る広大な領域を征服し,さらに自ら〈アウグスタ〉と称するに及んで,アウレリアヌス帝はパルミュラ討伐に着手,ゼノビアらを捕らえ,273年パルミュラは徹底的に破壊され,その繁栄は終わった。…

※「Odaenathus」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

Odaenathusの関連キーワードゼノビア

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone