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Simeon Polotskii SimeonPolotskii

世界大百科事典内のSimeon Polotskiiの言及

【ロシア・ソビエト演劇】より

…学校劇の台本がロシア最初の劇文学である。代表的作者としてシメオン・ポーロツキーSimeon Polotskii(1629‐80)の名が残っている。ツァーリは72年にロシア初の宮廷劇場を建て,ドイツ人牧師グレゴリーGregory(1631‐75)に劇団結成を委任した。…

【ロシア文学】より

…この時期の時代区分をどのようにするかについては諸説があり,ソ連の文芸学者コージノフのように,国民文学としてのロシア近代文学の成立をナポレオン戦争時に置くという主張もあるが,ここでは西欧とのつながりを重視するという立場から様式史的に展望する。(1)バロック ピョートル大帝の登場以前に,宮廷詩人ポロツクのシメオンSimeon Polotskii(1629‐80)により,ポーランド=ウクライナのバロック文学がロシアに導き入れられた。彼は白ロシア出身で,キエフの神学校に学び,詩や劇の分野で数多くの作品を書いている。…

※「Simeon Polotskii」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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