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Stolbova

世界大百科事典内のStolbovaの言及

【グスタブ[2世]】より

… デンマークとのカルマル戦争(1611‐13)は劣勢で,イングランド王ジェームズ1世の調停をえてクネレドKnäredの和議を結ぶが,過酷な賠償を負う。対ロシア戦は優勢で,ストルボバStolbovaの和議(1617)は,スウェーデンにカレリアとインゲルマンランドをもたらし,またロシアはエストニア,リボニア請求権を放棄し,これによってロシアはピョートル大帝のときまでバルト海から締め出される。対ポーランド関係では,グスタブ2世はリボニアに侵入,リガを占領したが(1621),ジグムント王をはじめポーランド貴族の執拗な抗戦は,ドイツ(神聖ローマ帝国)皇帝の将軍ワレンシュタインの支援もあって頑強で,グスタブ2世はポーランド北部の占領を断念し,フランス宰相リシュリューの調停によってアルトマルクAltmarkの和議を結ぶ(1629)。…

※「Stolbova」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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