Astyagēs(その他表記)Astyages

世界大百科事典(旧版)内のAstyagēsの言及

【メディア王国】より

…その後,ウラルトゥとマンナイを征服し,アナトリアに進出してリュディア王国と戦ったが,タレスの予言で有名な前585年5月28日の皆既日食によって休戦し,ハリュス川を国境とする条約を取り交した。次のアステュアゲスAstyagēs(在位,前585‐前550)は種族連合的性格を有していた国家の中央集権化に努めたが成功せず,ペルシアのキュロス2世に滅ぼされた。しかし,メディアの制度や文化はペルシアに受け継がれ,メディア人はペルシア帝国において重用された。…

※「Astyagēs」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む