Babst,I.K.(その他表記)BabstIK

世界大百科事典(旧版)内のBabst,I.K.の言及

【西欧派】より

…そのため論敵のスラブ派から西欧派もしくは西欧主義者にあたる〈ザーパドニキ〉と呼ばれた。この派の大多数は貴族地主階級に属する知識人たちで,その代表的な人物としては思想家のチャアダーエフをはじめ,作家のツルゲーネフ,アンネンコフ,パナーエフ,ゴンチャロフ,ドルジニンAleksandr V.Druzhinin(1824‐64),N.ネクラーソフ,歴史家のグラノフスキーTimofei N.Granovskii(1813‐55),S.ソロビヨフ,法制史家カベーリンKonstantin D.Kavelin(1818‐85),チチェーリンBoris N.Chicherin(1828‐1904),経済学者ベルナツキーIvan V.Vernadskii(1821‐84),バプストIvan K.Babst(1823‐81)などをあげることができる。そのほか少数ながら商人階級出身の作家,評論家のボトキンVasilii P.Botkin(1812‐69)や雑階級出身の急進的思想家ベリンスキー,デカブリストの革命的な伝統を受け継ぐ貴族のゲルツェンやオガリョフらも含んでいた。…

※「Babst,I.K.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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