Bachelier,J.J.(その他表記)BachelierJJ

世界大百科事典(旧版)内のBachelier,J.J.の言及

【アトリエ】より

…18世紀末から19世紀にかけて,それ以前は集団制作と徒弟修業の場であった工房は,とりわけ芸術家の教育の場=塾という形で変化してゆく。フランスでバシュリエJean‐Jacques Bachelier(1724‐1806)という画家が,1766年にデッサンの無料アトリエを開いたことから,アトリエを教育の場と見なす考えがヨーロッパ中に広まり,著名な芸術家たちは初めは自らの私的仕事場で,後にはそれと全く別個に塾としてのアトリエを開いた。とりわけフランスにおいて,新古典主義の隆盛とともに,このようなアトリエの活動が盛んになり,J.L.ダビッド,P.‐N.ゲラン,J.A.D.アングルらのアトリエは有名であった。…

※「Bachelier,J.J.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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