世界大百科事典(旧版)内のBaden-Durlachの言及
【バーデン】より
…最高地点は南シュワルツワルトのフェルトベルクFeldberg山で標高1493m,上部ライン平原の平均標高は100mである。
[歴史]
12世紀以降ツェーリングZähring家の下でバーデン辺境伯領が形成されるが,この国は相続による分割と統合を繰り返し,16世紀以降カトリックのバーデン・バーデンBaden‐Badenとプロテスタントのバーデン・ドゥルラハBaden‐Durlachの2邦に整理されるが,両邦ともライン右岸に飛び飛びに領地をもつにすぎなかった。 ドイツの有力な領邦としてのバーデンの発展はドゥルラハ辺境伯カール・フリードリヒKarl Friedrich(1728‐1811)の時代以降のことである。…
※「Baden-Durlach」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」