ChildebertIII(その他表記)ChildebertIII

世界大百科事典(旧版)内のChildebertIIIの言及

【ピピン[2世]】より

…アウストラシア宮宰(680ころ)であったが,ネウストリアおよびブルゴーニュ宮宰エブロインEbroinに敗れた(680)。しかしエブロインが暗殺されたので,これら両宮宰職をも兼ね,ヒルデベルト3世Childebert III(683ころ‐711)の下に,フランク王国の再統一をなしとげた(687)。添名の〈エルスタル〉は,その宮殿の所在地(リエージュ付近)による。…

※「ChildebertIII」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

ドンド焼き,サイト焼き,ホッケンギョウなどともいう。正月に行われる火祭の行事で,道祖神の祭りとしている土地が多い。一般に小正月を中心に 14日夜ないし 15日朝に行われている。日本では正月は盆と同様魂...

左義長の用語解説を読む