CoelestinusI(その他表記)CoelestinusI

世界大百科事典(旧版)内のCoelestinusIの言及

【ネストリウス】より

…ネストリウスは,キリストにおける神性と人性の区分を明確にするために,〈テオトコス〉の尊称がキリストの完全な人性を損うとしてこれを退けたわけだが,一般には聖母に対する冒瀆と受けとられた。アレクサンドリア主教キュリロスは,ローマ司教ケレスティヌス1世Coelestinus I(在位422‐432)とともに,ネストリウスの教説を異端ときめつけた。問題の解決のために開かれたエフェソス公会議(431)は分裂会議となったが,ネストリウスは罷免され,のち追放の身となり,上エジプトでみじめな死をとげた。…

※「CoelestinusI」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む