conciliumprovinciae(その他表記)conciliumprovinciae

世界大百科事典(旧版)内のconciliumprovinciaeの言及

【ローマ】より

…東部ではパルティアと和解し,ガラティア(前23),ユダヤ(後6)を属州化し,スペインも最終的に平定された。属州統治においてはとくに西部では旧来の都市同盟(コイノン)を属州会議(コンキリウム・プロウィンキアエconcilium provinciae)として利用し,皇帝礼拝を許可して帝国の統一を図った。 続く皇帝ティベリウス(在位,後14‐37),カリグラ(在位37‐41),クラウディウス1世(在位41‐54),ネロ(在位54‐68)は,アウグストゥスのユリウス家と,妻リウィアのクラウディウス家の枠内で帝位が移ったのでユリウス=クラウディウス朝と呼ばれる。…

※「conciliumprovinciae」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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