世界大百科事典(旧版)内のDārfūrの言及
【スーダン】より
…両ナイル川とアトバラ川に囲まれたジャジーラal‐Jazīra,ブターナ両地域は灌漑がいきとどいたスーダン経済の中核である綿生産地域であり,最も人口が密集する地域である。白ナイル川の西側のコルドファンKurdfān,その奥の西部国境沿いのダルフールDārfūrの両地方は完全な砂地の荒野で,それぞれヌーバ山脈,マッラMarra山脈を抱き,丘陵・山岳地帯が多い。だがここは,雨季を迎えると絶好の牧草地や,アラビアゴムを採るアカシアなどの灌木林に変貌する。…
【ダルフール王国】より
…アフリカ北東部,スーダン共和国の最西部に,17~19世紀にかけて存在したイスラム王国。ダルフールDarfurは元来地域名で,ここにはすでにニグロイド系のフール族Furのカイラ王朝が支配する小王国があったが,17世紀半ばにフール族はイスラム化した。この時の王がスレイマン・ソロンであるが,これを機に周辺のアラブ遊牧民をも支配する強大な王国となった。これが現在ダルフール王国として知られている。その版図はとくに東方に広がり,ナイル川を越えてアトバラ川にまで伸びていた。…
※「Dārfūr」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」