DeRobertis,G.(その他表記)DeRobertisG

世界大百科事典(旧版)内のDeRobertis,G.の言及

【ボーチェ】より

…初めは週刊であったが,1913年には月2回の刊行となった。雑誌は,プレッツォリーニが編集責任者を務めた14年12月までと,以後,同じく文芸批評家のデ・ロベルティスGiuseppe De Robertis(1888‐1963)が編集を引き継いで16年12月の終刊にいたるまでの2期のあいだで,その性格が大きく変わった。クローチェの反実証主義の影響を強く受けたプレッツォリーニは,第1次世界大戦前のイタリアの社会が内包するさまざまな矛盾を解消するために,思想的な立場は異なっていても,知的で誠実な人々に議論の場を提供することを目ざした。…

※「DeRobertis,G.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む