DolmabahçeSarayı(その他表記)DolmabahceSarayi

世界大百科事典(旧版)内のDolmabahçeSarayıの言及

【イスタンブール】より


[西欧化と都市の変貌]
 18世紀以後,とりわけ〈チューリップ時代〉にはルイ15世治下のフランス文化が流入し,建築,服飾,絵画,音楽などの各分野にロココ風の様式が現れ,ヌール・オスマニエNuruosmaniyeモスク(1755完成)にその粋がみられた。1853年にボスポラス海峡沿いにバロック様式を模したドルマバフチェ新宮殿Dolmabahçe Sarayıが完成すると,宮廷はそこに移った。西ヨーロッパ諸国との貿易が拡大すると,ビザンティン時代以来外国人商人の居留地として知られていたガラタGalata地区が発展し,その隣のベイオウルBeyoğlu地区ともども新しい商業・文化の中心となり,モスクの光塔(ミナレminare,ミナレット)の林立する旧市街と好対照をなした。…

※「DolmabahçeSarayı」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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