《EdwinSmithpapyri》(その他表記)EdwinSmithpapyri

世界大百科事典(旧版)内の《EdwinSmithpapyri》の言及

【解剖学】より

…人類の知恵がある水準にまで達し,医学的な関心をもって人体解剖が行われるようになったのはおそらくエジプト文明以後であろう。バビロニアのハンムラピ法典にはかなりの解剖学的知識を要する外科手術論が書かれており,メソポタミアには前2000年ころに作られたと推定される肝臓の陶製模型があり,またエジプトで前1700年ころに書かれた《エドウィン・スミス・パピルスEdwin Smith papyri》は外科学の貴重な文献である。このころ人体の解剖はすでになされていたと推測される。…

※「《EdwinSmithpapyri》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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