Grimoald(その他表記)Grimoald

世界大百科事典(旧版)内のGrimoaldの言及

【メロビング朝】より

…ダゴベルト1世は東分国貴族を後見人とする同分国の下王権を設定し,同貴族の不満を押さえた。ダゴベルト1世の死で(638),父王との2代にわたる同朝の最盛期は終わり,アクイタニアにはトロサ大公権が成立し,東分国では,ピピン1世の子グリモアルドGrimoaldが宮宰職を通じて,実権を握った。グリモアルドは,東方政策の失敗による東分国の危機に乗じて,ダゴベルト2世を追放し,みずからの子ヒルデベルトを擁立するクーデタを敢行するが(656),この貴族による初の試みも同朝のジッペ(部族)を守護する勢力にはばまれ,ピピン家門は後退した。…

※「Grimoald」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む