Gundimar(その他表記)Gundimar

世界大百科事典(旧版)内のGundimarの言及

【ブルグント王国】より

…さらに宗教面においても,ブルグント人は相変わらずアリウス派を信仰し続けていたが,グンドバート王はローマ人のカトリック信仰に対して寛容政策を実施し,ウィエンヌ(ビエンヌ)司教アウィトゥスと友好関係を保っていた。グンドバートの息子シギスムントSigismund王(在位515‐523)はカトリックに改宗するが,この改宗はむしろ,アリウス派ブルグント人の離反,次王グンディマルGundimar(在位524‐534)のアリウス派への復帰とカトリック聖職者の動揺と離反といった混乱を王国内に引き起こして,534年のメロビング朝王権の介入によるブルグント王国の滅亡を招くことになった。【下野 義朗】。…

※「Gundimar」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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