Hishāmb.‘Abdal-Malik(その他表記)HishambAbdalMalik

世界大百科事典(旧版)内のHishāmb.‘Abdal-Malikの言及

【ウマイヤ朝】より

…以後,国家の創建以来続いていた政府とアラブ部族民の対立,アラブ諸部族間の反目,シーア派やハワーリジュ派の反政府活動,非アラブ・ムスリムのマワーリーの不満,ウマイヤ家一族内の対立などが相関しあい,帝国の支配体制は弛緩した。ヒシャームHishām b.‘Abd al‐Malik(691‐743。在位724‐743)の国家再建策も効を奏せず,同朝は崩壊への道を進んだ。…

※「Hishāmb.‘Abdal-Malik」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む