JigmeDorjiWangchuk(その他表記)JigmeDorjiWangchuk

世界大百科事典(旧版)内のJigmeDorjiWangchukの言及

【ブータン】より

…このときインドは1865年に英領インドに編入された領土の一部,デワンギリ地方(83km2)を返還した。
[現代史,政治]
 1952年に即位した第3代国王ジグメ・ドルジ・ウォンチュック王Jigme Dorji Wangchuk(在位1952‐72)は,59年のチベット動乱を契機にインドとの結びつきを強め,近代化を進めた。60年代を通じて農奴の解放,1人当り30エーカー以下への耕地所有の制限,ヒンディー語による近代教育の導入,国民議会,最高裁判所の設立,郵便制度の創始などがなされた。…

※「JigmeDorjiWangchuk」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む