Kaunitz,W.A.(その他表記)KaunitzWA

世界大百科事典(旧版)内のKaunitz,W.A.の言及

【七年戦争】より

…世界史的に見れば,海外植民地をめぐる英仏両大国の権力闘争の一環をなしている。 オーストリアは,シュレジエン奪回をめざす報復戦争にそなえて,カウニッツWenzel Anton Kaunitz(1711‐94)の外交努力により,16世紀いらい敵対関係にあったフランスとの同盟に成功し,さらにロシアの支援をも獲得した。他方フリードリヒ2世は,ハノーファーに利害をもつイギリスから援助金の約束をとりつけていたが,この情勢を前に機先を制してザクセンに侵入し(1756年8月),みずからオーストリアに対し戦端を開いた。…

※「Kaunitz,W.A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む