KleopatraSelēnē(その他表記)KleopatraSelene

世界大百科事典(旧版)内のKleopatraSelēnēの言及

【ユバ[2世]】より

…オクタウィアヌス登極後,その北アフリカ平定計画の一環として従来の土着王権に代わってマウレタニア王位に就けられ,ガエトゥリア(ヌミディア南方)をも支配した。アントニウスとクレオパトラの娘クレオパトラ・セレネKleopatra Selēnēを妻とし,ローマ風の首都カエサレア(現,アルジェリアのシェルシェル)を建設,ギリシア・ローマ文化導入と産業振興(染料等)に努めた。しかし,この政策は結局,ベルベル(マグリブ原住民)の社会,文化,経済を破壊するものであり,とくにガエトゥリアでは激しい抵抗に直面,ローマ軍の出動によりようやく鎮圧した(後6)。…

※「KleopatraSelēnē」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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