LeopoldII(その他表記)LeopoldII

世界大百科事典(旧版)内のLeopoldIIの言及

【ブラバント革命】より

…しかし,保守派は旧体制への復帰を目標とし,急進的改革を目ざす民主派に弾圧を加え,彼らをフランスに亡命させた。一方,兄ヨーゼフ2世の死後を継いで神聖ローマ皇帝に即位(1790)した現実主義的なレオポルド2世Leopold II(1747‐92)は,改革の撤回を約してベルギー人をなだめるとともに,プロイセンの支持のもとに軍を送ってベルギー合州国を降伏させ(1790年12月),ブラバント革命は失敗に終わった。ベルギー[歴史]【石坂 昭雄】。…

※「LeopoldII」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む