Montereau,P.de(その他表記)MontereauPde

世界大百科事典(旧版)内のMontereau,P.deの言及

【建築家】より

…ハドリアヌス帝は,みずからもすぐれた建築家であって,ローマのパンテオン,〈ウェヌスとローマの神殿〉,ティボリのハドリアヌスの別荘(ビラ・アドリアーナ)などの実質上の設計者と見なされている。
[中世の建築家]
 西洋中世の修道院や大聖堂を建設した建築家は,決して無名であったわけではなく,サン・ドニ修道院教会堂やパリのノートル・ダム大聖堂の建築家ピエール・ド・モントローPierre de Montereau(?‐1267)や,ロンドンのウェストミンスター・アベーやカンタベリー大聖堂身廊部の建築家イェーベルHenry Yevele(?‐1400)のほか,多数の建築家,石工親方の名が知られているが,古代と同じく,建築家自身の経歴や人物については,ほとんど知られていない。しかし,その一般的な性格は古代から引き継がれたもので,教会堂や城郭や市壁の建設のために各地を渡り歩き,戦時には軍事技術者として雇用されていたものと思われる。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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