Muwatalli(その他表記)Muwatalli

世界大百科事典(旧版)内のMuwatalliの言及

【ヒッタイト】より

…シリアの領土には,父王にならいカルケミシュに副王を配しエジプト,アッシリアの圧迫に対して,その保護,監督にあたらせた。次王ムワタリMuwatalli(在位,前1306ころ‐前1282ころ)は,北辺のカシュカの備えを王弟ハットゥシリに任せ,一時,都をダッタシャ(アナトリア南東部,正確な所在地は不明)に移した。前1286年ころ,ムワタリはシリアに積極的に進出を企てるようになったエジプトのラメセス2世とオロンテス河畔のカデシュで会戦,結果はヒッタイト側の勝利に終わり,シリアにおけるヒッタイトの権益は安泰となった。…

※「Muwatalli」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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