Neşrī(その他表記)Nesri

世界大百科事典(旧版)内のNeşrīの言及

【トルコ文学】より

…オスマン朝の勃興とともに,宮廷詩人の活動が始まり,アフメディーAḥmedī(1334‐1413)の《イスケンデル・ナーメ》は,最古のオスマン王朝史も含む長編叙事詩で,中央アジアまでも伝播した。コンスタンティノープルの征服(1453)以後,多くの王朝史が編纂されたが,アシュク・パシャ・ザーデ,ネシュリーNeşrī(?‐1490)の年代記は,口語的要素の多い簡素な文体で書かれ,語り物の伝統をとどめている。 中期(16~17世紀)には,アラビア・ペルシア語彙を多く含むオスマン文語が形成され,アゼルバイジャン語文学,チャガタイ語文学からの影響も受けて,オスマン朝古典文学が完成された。…

※「Neşrī」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む