Ostyako-Samoed(その他表記)OstyakoSamoed

世界大百科事典(旧版)内のOstyako-Samoedの言及

【サモエード諸族】より

…1917年の革命後のソ連ではサモエードという呼称に代わって,サモディSamodiという名称が通用している。これに伴ってサモエード諸族の旧称,ユラク・サモエードSamoed‐yurak,エニセイ・サモエードEniseiskii Samoed,タウギ・サモエードSamoed‐tavgiits,オスチャーク・サモエードOstyako‐Samoedもそれぞれネネツ,エネツ,ガナサン(いずれも〈人間〉の意),セリクープ(〈土地の人間〉の意)に改められた。 サモエード諸族の形質的特徴はモンゴロイドとコーカソイド(エウロポイド)の双方の要素が混在するところにあり,いわゆるウラル型である。…

【セリクープ族】より

…ロシア連邦,西シベリアのエニセイ川中流域左岸一帯に住む狩猟・漁労民。旧称はオスチャーク・サモエードOstyako‐samoed。人口3600(1989)。…

※「Ostyako-Samoed」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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