PaulusManutius(その他表記)PaulusManutius

世界大百科事典(旧版)内のPaulusManutiusの言及

【マヌティウス】より

…また彼が好んで採用した小型本(八つ折判)の判型は,それまで大型の手写本に慣れていた読者層から,新しく簡便な判型として歓迎された。 アルドゥス・マヌティウスが創設した出版所は,彼の死後その末子パウルスPaulus Manutius(1512‐74)が引き継ぎ,出版活動の本拠をローマに移し,おもにキケロの著作集などを出版して繁栄を続けた。パウルスの死後,出版所はその息子で祖父と同名のアルドゥス2世Aldus Manutius(1547‐1597)が継承して大学教授の務めのかたわら出版を続けたが,アルドゥス2世が後継者を残さずに死ぬと,出版所は閉鎖され,初代以来収集してきた蔵書群も散逸した。…

※「PaulusManutius」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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