《Pfennigmagazin》(その他表記)Pfennigmagazin

世界大百科事典(旧版)内の《Pfennigmagazin》の言及

【雑誌】より

…イギリスでは《ペニー・マガジンPenny Magazine》(1832‐46),《ペニー・サイクロペディアPenny Cyclopaedia》(1833)などの競争に続いて《チェンバーズ・ジャーナルChamber’s Journal》が1845年に発行部数9万部に達した。ドイツも《ペニヒマガジンPfennigmagazin》(1833)などに続いて《ファミリエンブラットFamilienblatt》が70年代に40万部を記録した。81年に《ティット・ビッツTit‐Bits》を創刊したイギリスのニューンズGeorge Newnesは,その成功から大衆むけの雑誌を幾種類も刊行することによって出版業を利益の多い企業とした。…

※「《Pfennigmagazin》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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